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※かなり軽い気持ちで書いてますので。
断片的だった知識が、なにかの拍子で一気に全部につながった瞬間って、やたらとキモチヨイ。
長い自慰だ。
これが人生だとしたら、飽きた頃にタイミング良く死ねれば文句ないね。
しかし、きっと、欲は尽きない。
ま、どのみち皆死ぬから、そこは心配不要だけど。
・・・そう考えると、必ず死ぬって、すごいシステムだなあ!
みんな期限付き。
しかも期限切れがいつ訪れるかわからないっていうルールときた。
私たちは、肝心なことを全部知らずに生きてるんだね。
知ってるのは必ず死ぬってことだけ。
これって、すごくよくできたシステムだよねぇ。単純に。
死ぬ瞬間に全部わかったりしないのかなぁ。
死ぬ瞬間に全部一気にわかったら、きっと相当キモチイイはず。(文頭に続く)
そしてこの日記に、特に深い意味は無い。
こけし
今日はせいじんしきの女子がたくさんいました。
みんなきれいだね〜。とてもハタチには見えないね。
私のはれぎ姿なんて、まるでこけしのようだったのにねぇ。
そもそも、顔がこけしだもんね。
ぎゃははは!にてる!キモチワルイ!
悲しいとき
カーネマンとトヴェルスキーという人が創始したプロスペクト理論における価値関数(標準的経済学における効用関数の代替理論)の3つの特徴点のうちの一つに、損失回避性というものがあって、
損失回避性は、ざっくり言っちゃうと、損失は同額の利得より強く評価されるってことらしい。
例えば、同じ壱万円でも、もらったときの満足度と、失ったときの不満足度を比べると、断然後者の方がデカイっていうことね。
で、これについての式の展開とか実験とかより詳しい説明とかについては、気になったら個々で勝手に調べてもらうとして、
文頭の二人の結論だけ言うと、だいたい、損失は利得の2〜2.25倍大きく感じられるんだそうだ。
つまり、私が言いたいのは、
もし悲しいことがあっても、実際の損失(その悲しみの事象と全く逆の事が起こった時に自分が感じる満足度の絶対値)は、その悲しみのうちの半分から半分強を除いたくらいでしかないので、
そう考えれば、けっこう楽になるんじゃないかとおもう。
・・・なればいいなとおもう。
そんなこんなで、2008は、
自己管理について考えてみようと思います。
今年もよろしくおねがいします。
今年もお世話になりました。
この一年、学校ばっかり行ってました。
職場と学校と自宅の間をぐるぐるしてました。
特に後半ね。
人と仕事以外の会話を、全くしない日も多々ありました。
ま、来年も再来年もこれが続くので別に苦じゃないですが、
書くことなさすぎてうけるなぁ。
こんな私なのに、色々と良くしてもらってて、ほんとにありがとうございます。
人間関係が100%受身でごめんなさい。
ほんとすみません。
数年後に、絶対お返ししますんで。。。
では、来年もよろぴこ。
こんちは!
さっき、よっぱらいのおじさんに「ばいばい」といわれた。
当然無視したら、
「そんなにつんけんしてると、幸せにげるぞー」
と言われた。
ふぁお!
おじさん・・・酔っ払いのくせに良い事言うね。
無視してごめん。
でもやっぱり世の中怖いから、これからも無視はするけど、
アタシャね、心根はアンタと一緒だよ。

